トランス脂肪規制のことからGRASのことを調べた

アメリカ合衆国には昔から「GRAS (Generally Recognized as Safe)」という概念があって、「一般に安全である」ことに、「アメリカ人の食経験」と「科学的根拠」のいずれかの適切な根拠があれば食用にしてよいということだけど、古くから摂取していた食塩とかスパイス、さらに日本では食品添加物グルタミン酸ソーダなんかもGRAS物質になってて、別に設けられてる「食品添加物」のカテゴリーとどう区別されてるのかよくわからないところがある。

以前は「食品添加物」と同じように、国(FDA)がそれを審査して認定していたが、1997年に、企業がGRASとみなせる根拠を国に通知すれば自己責任で販売や使用が可能になる「GRAS通知制度」が新設され、FDAのサイトで現在490件のリストが公表されている。

http://www.accessdata.fda.gov/scripts/fcn/fcnNavigation.cfm?rpt=grasListing

国は企業から通知されたGRASの根拠の文献などが形式的に揃っているかどうかを確認して、その結果を公表するだけで、たとえ不備と公表されても禁止されるわけではない。

さらに、「FDA-GRAS」以外に国がいっさいかかわらない、完全に自己完結型のGRASもあって、それについては公表もされてないみたいだし実態がほとんどわからない。(「香料」はFEMAという業界団体がリストを管理しているようだ。一部が公開されている。http://www.femaflavor.org/gras)

また、容器の素材とか紙容器の表面処理剤のような、食品に接触する副次的な材料についても同じように申請-認可の枠組みがあるのだが、2000年ごろに「FCS (Food Contact Substance)通知制度」が新設され、これまでに通知された999件が公表されている。http://www.accessdata.fda.gov/scripts/fcn/fcnNavigation.cfm?filter=&sortColumn=&rpt=fcsListing

現在では、日本なら「食品添加物」になるようなものからオリゴ糖みたいなものまで、何でもかんでもGRASにして、もはや従来からある「申請-認可枠」がほとんど見向きもされなくなっているようだ(ただし、着色目的のものはなぜかこの制度を適用できない決まりがある)FDAのサイトで試しにざくっとカウントしてみると、2000年以降で申請-認可されたものが89件に対し通知されたものが1454(GRAS465件、FCS999)、さらに2009年以降の5年間では、申請-認可8件、通知545(GRAS216件、FCS329)になっていて、つまり新しい物質はほとんど国が評価していないという状態になっている。

これらの「通知制度」は、ようするに国が審査して認可するプロセスにかかる時間やコストを省くという目的を最大限に実現した、地球上に類をみない規制緩和制度ということだ。

もちろんすべてのものが厳格な審査を受けて国の認可責任のもとで使用されるべきというわけではないだろうが、ここしばらくはそのあまりの野放しぶりが会計監査院(GAO)というれっきとした政府機関からも問題視され始めていて、見直しという話も具体化しそうになっていたようだ。

そういうことを考え合わせると、トランス脂肪に対するこのドラスティックっぽい方針は、トランス脂肪酸を含む硬化油脂=部分水素添加油(partially hydrogenated oils (PHOs))スケープゴートにしてFDAGRASに対する安全対策と監視の機能が健全に働いていることをアピールし、GRAS通知制度を死守する意図もありそうな気がする。http://www.fda.gov/ForConsumers/ConsumerUpdates/ucm372915.htm

もちろん、TPPもあることだし、少しでも「通知制度」の抑制につながればわるいことじゃないのだろう。しかし、マーガリン、ベーカリー、スナックなどの固形状油脂の需要を満たすためにPHOが開発されたという背景があるわけだから、その最大消費国がこれだけ大々的にぶち上げると、天然固形状油脂のパーム油、やし油、牛脂、豚脂などの需要が一気に増え、反対に大豆油などのPHO向けの液状油脂の需要が縮小して、油脂全体の需給バランスが世界的な混乱状態に陥るなんてこともあるかもしれない。